前回、寄稿させていただいた「ウェルビーイング産業の夜明け」で、様々な問い合わせをいただいた。日本で生まれている様々なウェルビーイングサービスには、まだビジネスとして確立できていないものもあるという話を聞いたことがある。ウェルビーイングなサービスや事業というのは、ほとんどが「nice to have」(あったら良いな)というもので、「must have」(なくてはならないもの)になっていないものに陥ってしまっていることに気づかされる。ウェルビーイングなサービスや事業は、本当にビジネスになるのだろうか。

企業が生むウェルビーイング事業

 企業が生むべきウェルビーイング事業は、それぞれの企業がどんな事業ドメインを持っているか、どんな知財を持っているかなどによっても変わってくるが、共通の認識を持つ必要があると考える。

 結局、事業を生むのは「人」だ。その「人」がどんな顧客(生活者)をウェルビーイングにしたいのか、事業の種になる元を考える「意志」が大切になってくる。ここに「意志」がない場合は、他人事になってしまうので事業は生まれにくい。どんな顧客に、どうやってウェルビーイングになってもらうか、そのための体験をどうやってつくれるか、という「意志」をもって、その顧客にどんどん話を聞きまくることが大切である。

 「顧客」の需要が把握できた後に、新しいウェルビーイング体験サービスをつくっていく。そして、DX時代に意識しておきたいのが「データ」だ。その「顧客」にどのような価値を提供するかを明確にして、納得いただくUX・UIを設計することで、その「顧客」は「データ」を企業に預けてくれるのだ。「データ」をクレンジング・分析することで、新たな「ウェルビーイング体験」を増産していくことにつながっていくのである。

 ウェルビーイングのビジネスをつくるための視点として、「習慣化の行動デザイン」が重要であることは言うまでもない。

 それは、生活者のウェルビーイング体験をつくっていく上で、単発的に「欲を満たす」ためや、マーケティング観点で売れるために、「ウェルビーイング」という言葉を使うということではなく、一人ひとりの生活者を持続的にウェルビーイングな状態にするためのアプローチや仕組みをデザインすることである。

 「習慣化の行動デザイン」によってウェルな状態を維持するためには、三日坊主で終わらない設計が重要だし、日常の生活の中に取り組むことが大切になっていくのは言うまでもない。そもそも、健康を主目的に行動している人は1割くらいという話もあり、のこりの9割の人たちにむけて習慣化のデザインをすることが大切である。

インセンティブの設計


 習慣化の行動デザインにおいて、生活者にはたらきかけるときに必要な要素のひとつが「インセンティブの設計」だ。リワードという言い方もあるが、分かりやすいのが「ポイント」や「マイル」が貯まるというものだったり、企業で提供している「福利厚生プログラム」などである。けれども、これだけでは、まだまだインセンティブの設計になっていない。ポイントやマイルが貯まったところで、それらを交換する景品や体験が魅力的でなかった場合、それは意味のないインセンティブになってしまう。

 生活者一人ひとりがウェルビーイングになるインセンティブ設計が重要なのだ。何か目標を達成したときに、ご褒美がもらえるということで、もっと頑張れる。何かご褒美がもらえるのであれば、自分がウェルビーイングになるご褒美が嬉しい。コーヒーが苦手な人が、コーヒーをプレゼントされてもちっとも嬉しくないことから分かるように、その人にあったインセンティブをどう設計するかだ。つまり、多様なウェルビーイングには、多様なインセンティブが必要になってくる。その人それぞれにどういう体験がウェルビーイングになるかを考えることが重要だと考える。

エンターテインメント(楽しさ)の設計


 習慣化の行動デザインにおいて、生活者にはたらきかけるときに必要な要素のふたつめが「エンターテインメントの設計」である。ゲーム感覚で遊んでいるうちに、自然とウェルビーイングになるのが良い。ゲーム会社などは、家庭内で遊びながら運動できるソフトをつくることでウェルビーイング社会に大きく貢献をしている。

 広告業界で言うと、プロモーションを考えるときの「スタンプラリー」や「キャラクターやアバターの育成」などが近い考え方だろう。インセンティブの設計と似ているが、楽しさのインセンティブと言い換えても良いかもしれない。夢中になれるものがゲームなのであればゲームがアウトプットになれば良いし、育成系がよければどんどん何かをすることで育っていくUI設計を考えればよい。メタバースで遊んでいるうちにウェルビーイングになるプログラムも出てくるだろう。ここは、無意識のうちにウェルビーイングな状態を得ていることが重要なのだ。

 自分がウェルビーイングな状態になっていることを、客観的に可視化するのも、ひとつのエンターテインメントかもしれない。毎日、日記のように「ウェルビーイングな体験」を振り返ることや、レコーディング・ダイエットのように、レコーディング・ウェルビーイングを続けると、自身のウェルビーイング度は上昇するという調査結果もあった。自分の好きな時間を過ごしているだけで、ストレスが発散されたり、自分の意識が変わっていく。エンターテインメントの設計は、「夢中になれる楽しさ」の設計と言える。

コミュニティの相互協力の設計


 習慣化の行動デザインにおいて、生活者にはたらきかけるときに必要な要素三つめが「コミュニティの相互協力の設計」である。近年、ウェルビーイングには、身体的な健康と精神的な健康に加えて、社会的な健康に注目が集まっている。特に、身近なコミュニティ(家族や親族、近隣住人や友達、会社の同僚)の中でのお互いの理解と関係性を通じてウェルビーイングな状態になっていくためには、声を掛け合ったり、同じ目標に向かって頑張ることが大切である。
 
 例えば、家族や同僚内で、「今日、何歩、歩いたか」のデータを共有しあって、コミュニティ間で声を掛け合うことができたら、「〇〇さん、今日は家を出ていないんじゃないの。100歩も歩いていないよ。ちょっと30分でいいから散歩でもランニングでもしてきたら。」と声をかけるかもしれない。また、そこにエンターテインメント性を入れて、競争軸を入れることで、たとえば「ウェルビーイングな街はどこか!?都市対抗、ウェルビーイング寿命ランキング」のようなものをコミュニティで争うことで、ウェルビーイングになる事業が生まれてくる。

 習慣化の行動デザインに必要となる3つの設計をご紹介してきたが、私は三番目の「コミュニティの相互協力」がもっとも重要だと考えている。人間は弱い生き物で、すぐに三日坊主になったりしてしまう。そんなときに、身近なコミュニティが目標に向かっていっしょに伴走してくれれば、強い意志をもって仲間と何かを達成することができ、それだけでウェルビーイングな状態をつくっていることにもつながる。
 

 生活者一人ひとりのウェルビーイングをつくっていくために、「つながり」が重要になっていく。私たちは、新しいつながりの中のウェルビーイングこそが、慶應義塾大学の宮田教授と話をさせていただいている「Better Co-Beingプロジェクト」だと思っている。ウェルビーイングな社会を共創するために、まずはビジネスと社会課題を結びつけるアクションをとっていきたい。