近年、新規事業、新価値を創造したいという企業が増え、その際の新規事業部の進め方や制度の設計方法について質問される機会が増えてきました。

当記事では、連続して成功している起業家たち(シリアルアントレプレナー)はどのようなものの考え方をしているのか、多くの起業家を見てきたミライの事業室チームリーダーの宮井氏が見つけた彼らの共通点から、イントラプレナーや起業家に必要な、起業家脳の作り方についてお届けしていきます。

キャリアを積み重ねるよりも総合的にコトを起こす体験を

これまで7回に渡り、『2回以上、起業して成功している人たちのセオリー』(著書:博報堂ブランドデザイン・アスキー新書)の中から起業家たちの考え方をご紹介してきましたが、今回、最後にご紹介する「キャリアを積み重ねない」というセオリーも、起業家と企業のマネージャーやイントラプレナーで真逆の考え方をもっている点といえます。

一般的な人事制度がある企業に入社した場合、まずキャリアプランを考えることが多いです。おおよそのキャリアプランは、「これをやったらこんなスキルが身に付いた、こんな知識が身に付いた、それを活用したら次にこんなキャリアになり、次のこんな能力が身に付いた……」という風に、すべて積み上げ階段方式でなにかを目指します。

工学の分野では、今使っているモデルそのものを変更することをレジームチェンジというのですが、この積み上げ型ではキャリアの中でレジームチェンジは起きません。

つまり、基本的にその会社やその業界にあるものを幅広く見て、色々なことを浅く知るジェネラリストになるか、専門家になるかの二方向しかなく、イノベーションを起こしたり、起業したりするキャリアとは無縁な方向、誤解を恐れずにいえば、企業や特定の業界で雇われて働く人のキャリアプランになりがちです。

さらにジェネラリストといっても、たとえば会社を作るなら、会計も営業も理解していなければならないし、哲学も磨かなければいけませんが、残念ながらそういう意味でのジェネラリストにはなりません。ここで言うジェネラリストとは、その業界の生産の現場や、材料の調達、人事、広報などを知るという、機能軸に関してのジェネラリストなのです。

実際、0から10までをすべて一人で「やれる」ようになるというより、「管理する」立場という意味でのジェネラリストを育てるような教育が多いので、「やれる」が求められる場面の多い起業家は生まれにくいという現状があります。

一方、成功している起業家たちは、今述べたような意味でのキャリアは積み重ねていませんが、もっと総合的に「コトを起こす体験」をしています

たとえば『2回以上、起業して成功している人たちのセオリー』の中で、孫泰三さんのプラプラしている時期が大切という話があります。端から見るとキャリアの積み重ねにはなっていませんが、ビジョンを語ったり、世の中に必要なことを見つけたりするためには、とても役立っているし、キャリアプランの積み上げの中ではこのような体験はできません。

つまり、このコトを起こす体験は、少なくとも起業家になるためには必要ですが、一般のキャリアプランでいうところの積み上げには入っていないのです。

ほかにも窓際で傍流の体験をしていたり、あるいは会社の本流とはまったく関係ないところに飛ばされて、とりあえず自分で0~10までやらなければいけない状況を経験していることなどが重要です。

本には書ききれませんでしたが、プラプラ期や窓際や傍流が必要といわれている意味は二種類あります。ひとつはビジョンを語ったり、世の中のこんな問題を解決したいと思ったりすることに直結する体験、もうひとつはなにかコトを起こす、0から10まで自分ですべてやるという総合的な体験です。どちらも積み重ねのキャリアプランからは出会えないものだからです。

私自身、SEEDATAという会社を作る前にはそういう時期があり、その時は社外の人と交流したり、本業と関係ない人と会ったり、あとは仕事で新規事業をやっていたので、0~10まで自分でやらなければいけないことが多かったことなども、今ものすごく役立っています。

一般的な企業の仕事の場合、機能がしっかりわかれているので、営業や会計まで総合的に「やる」という体験はしようがないのですが、私はその時期に広告外の仕事をしていたことが、会社を経営していく中で糧となっていたと実感しています。また、私の場合、幸いなことにビジョンに関わることや、解決したい課題などは仕事の中から生まれました。

成功している起業家の人たちの話を聞くと、たとえば高橋研さんなどは、積み上げ型のキャリアであるMBA(ビジネススクール)ではなくMLB(メジャーリーガー養成学校)に行ったというのがとてもおもしろい点なのですが、そこで「夢を追う人を応援したい」という今の会社のビジョンに直結する体験と、手弁当でなにからなにまで自分でやりながらメジャーリーグを目指すという、「全て自分でやる体験」をしていたのではないかと分析しています。

ここまでお話してきた「総合的にコトを起こす」ための要素が両方つまっているし、積み重ね型のキャリアでは絶対にできない体験が、起業家やイントラプレナーとして成功するためには必要ということがわかる、良い事例ではないでしょうか。

ただし、勘違いしてほしくないのは、単に傍流していた人なら誰でも起業に成功するというわけではありません。繰り返しになりますが、重要なのは、ビジョンに関係したり、社会の課題に向き合ったりするような体験をしているということと、0から10までなにかを自分でやらなければいけない体験をしているという二点です。

以前代表を務めていたSEEDATAでは、学生起業家を応援したことがありましたが、彼らがやっていることもまさに、0から10までを自分でやらなければいけいない経験です。我々はこれをスタートアップ活動と呼んでいますが、起業するにせよ、たとえ将来どこかの企業に就職するにせよ、普通の就職活動をするよりも濃い経験ができます。

例えば、学生時代に法学を学んでいたら法学のことだけを学んでいくというのは積み重ねのキャリアですが、法学を学んでいる人がアイドルのビジネスをやってもいいし、積み重ねでなくていいから、とにかく0から10まで総合的にやる体験というのをやることをオススメします。

ほかにも社会の課題にぶちあたるような放浪の旅をしてもいいし、バックパックで世界を旅してもいいし、いろんな会社でインターンをしてもいいのですが、とにかくこのふたつを早い段階でやることが非常に重要です。

以上は私がSEEDATAを何年か経営して気が付いたことであり、この本を出版した際には思考がそこまで深まっておらず、「キャリアの束縛から自由になる」という意味付けを「キャリアを積み重ねない」という概念に対し適用していました。

あらためてこの「キャリアを積み重ねない」というセオリーを解説するならば、起業家として必要なキャリアの積み重ねは、マネージャーとして必要な積み重ねとは違うため、一見キャリアを積み重ねていないように見えますが、起業家のキャリアとしては必要なことといえます。この点を誤解のないように理解していただければ幸いです。

我々もこのセオリーを活用していて、基本的に未経験な領域にチャレンジしていくことには意味があります。

たとえば、マーケティングを学んでいるからとか、建築の分野のこのスキルは応用できるからといった理由で採用することはせず、総合的に人をみて、なにか新しい企画を生み出して実現まで行うという一貫のプロセスに興味があったり、そのような経験をしている人と積極的に協業していきます。