近年、新規事業、新価値を創造したいという企業が増え、その際の新規事業部の進め方や制度の設計方法について質問される機会が増えてきました。

当記事では、連続して成功している起業家たち(シリアルアントレプレナー)はどのようなものの考え方をしているのか、多くの起業家を見てきたミライの事業室チームリーダーの宮井氏が見つけた彼らの共通点から、イントラプレナーや起業家に必要な、起業家脳の作り方についてお届けしていきます。

ビジョンを梃子(てこ)に弱みに徹する

今回ご紹介する「弱みに徹する」というセオリーは、私自身もかなり意外だった点であり、『2回以上、起業して成功している人たちのセオリー』(著書:博報堂ブランドデザイン・アスキー新書)では文字数の関係上、言葉のニュアンスが完全には説明できていなかったので、あらためて解説いたします。

このセオリーも成功している起業家とイントラプレナーや企業のマネージャーで大きく違う点なのですが、一般的に企業に入社して受ける研修には二つの方向性があります。

ひとつは自分の強みを発見してそれを伸ばしていくというもの、もうひとつは自分の弱みを発見して課題を克服していこうというものです。

一時期はどこの企業も強みを伸ばすことに注力し、弱みや課題箇所に関しては、強みの裏で克服、または解決していこうという流れがありました。つまり、どちらかというと強みの部分を大きく打ち出していて、「自分はこういう強みがある」という強みに徹しているんです。

これと真逆なのが「弱みに徹する」というセオリーです。まず、勘違いしてはいけないのは「弱みを克服しないといけない」という意味ではないということ。

「自分は何ができないのか」をしっかりと自覚し、周りにも共有していくということは、「強みに徹する」ということと、やっていることは逆ですが、最終的には自分の強みを活かすことにつながるという逆説的な理論です。

これを思考実験的に考えると、ひとつは他人とコラボレーションする際の問題で、スタートアップやベンチャーの場合、人数が少なく、必然的にクレイジーキルトでやっていかなければいけません。

このときに「自分の強みはこれ」と言っても強みに関してはその人が一番なので周囲は助けにくい。逆に「自分はこういうところが弱い」と言えば、「それは私ができます」と誰かが補ってくれる場合が多いのです。弱みに徹し、助け合うことは、クレイジーキルトの結び目がしっかり作れるという効果もあります。

もうひとつは自分自身の問題で、人は自分が何に強いのかは意外と分かっていないものですが、何が苦手かはわかっているものです。「これは苦手だからやらなくていい」「これは嫌いだからやらなくていい」と振り分けていくと、最終的に自分がやるべきことだけが残り、消去法で自分の強みやできること、やるべきことを見つけていくことにつながっていくのです。

つまり、「弱みに徹する」の真意は、他人とのコラボレーションを成功させることと、自分の強みを明らかにしていくことであるといえます。

例として、『2回以上、起業して成功している人たちのセオリー』に登場するある有名な起業家は、「自分はエクセルもできない」と公言していますが、彼が「これができない」「あれができない」と言うと、それを助けたいという人が次々に現れたといいます。彼はこのように弱みに徹し、自分のできないことをあげていった結果、「自分はストーリーテリングに強い」とわかり、ビジョンを語ることが自分の役割だと気が付きました。

つまり、「弱みに徹する」前提条件として、その組織や人物には、明確なビジョンがなければ意味がないのです。そのビジョンに共感した人が「あなたができないなら私がやりますよ」と助けてくれる人が現れる、クレイジーキルトが作りやすくなるといえるでしょう。

自分ができること、できないことを言うと、できないことに関して周囲が手伝ってくれるというのは、スタートアップも起業家もそうだし、社内起業でも同じです。

ただし、これらはストーリーテリングができるということが大前提です。弱みに徹するのは、前提として「ここ」に向かっていきたいというビジョンが明確にあることであり、ビジョンもなく「これができない」というのはただのワガママであり、誰も共感してくれません。

得手不得手に関わらず、起業家としてはビジョンが語れたほうが弱みに徹しやすくなるという意味でも有利です。仮にビジョンを語るのが苦手という人の場合は、強みに徹したほうがいいかもしれませんが、ビジョンが共有できる場合は「弱みに徹する」というセオリーはかなり有効といえます。

勘違いしてはいけないのは、弱みに徹するというのは課題を言うのはと違うということ。普通、生存競争においては弱みを見せることはしませんが、課題を言うとどうしても指示に聞こえてしまうものです。「これができない」と言うのは、手伝う相手に課題発見の余地も与えているのが良いのかもしれません。とくにSNS全盛の今の時代は、ビジョンに徹して弱みに徹したほうがうまくいくといえるでしょう。

私が以前代表を務めていたSEEDATAではこのセオリーを意識して「定量調査はできない」という弱みに徹して経営していました。

私自身は定量調査もできますが、私が自分の強みに徹してしまったら社員たちにもそれを強いることになる。しかし、SEEDATAはまだ量的に表せない未来の潜在的なものを掴んで分析していくことが生業でした。

だからあえて、「SEEDATAは定量調査できません」と弱みに徹したら、すごくおもしろいことが起きて、クライアントの方から「こんな定量データがあるから、これなら御社の定性データが実証できるかもしれない」「定量調査は専門部署があるからやっておきます」「調査会社が出した定量データを見てほしい」という風に定量データをくれるようになりました。

定量データはお客さんが持っていることがわかって、逆にすごく組みやすくなり、対等に協業ができるようになりました。また、定量データの調査をしている会社からコラボレーションを持ちかけられることもあります。

ここで重要なのは、「未来を洞察して形にしていきたい」というビジョンは同じということです。これも弱みに徹する事業の立ち上げ方の非常に良い例といえます。