近年、新規事業、新価値を創造したいという企業が増え、その際の新規事業部の進め方や制度の設計方法について質問される機会が増えてきました。
当記事では、連続して成功している起業家たち(シリアルアントレプレナー)はどのようなものの考え方をしているのか、多くの起業家を見てきたミライの事業室チームリーダーの宮井氏が見つけた彼らの共通点から、イントラプレナーや起業家に必要な、起業家脳の作り方についてお届けしていきます。
成功している起業家たちが”競合より協業”を選ぶ理由とは?
アントレプレナーにもイントレプレナーにも活用できる連続起業家の考え方の中で、競合より協業という考え方があります。
サラスバシの「エフエクチュエーション」の研究も、いわゆる大手企業のイントラプレナーとアントレプレナー比較しているものなんですが、この「競合より協業」という考え方も、大手企業の新規事業部のマネージャーの方と、起業家の考え方の違いを示す特徴的な部分といえるでしょう。
わかりやすく事例を用いてお話すると、大手企業出身者にビジコンで事業計画を書いてもらったり、大手企業の中の社内コンテストの審査員の会話を見ていたりすると、必ず「競合にどうやって勝つのか?」という話がでてきます。
実は競合にどう勝つのかというのは、市場が確定している場合の話になります。マーケティング用語にプロダクトライフサイクルという言葉があるのですが、これはどんな製品やサービスにも人生があるとして、最初に生まれたとき、黎明期、成長期、成熟期、衰退期があるとされています。
そして競合が必要となるのはおもに成熟期。成長期も必要となる場合はありますが、黎明期と衰退期には競合に勝つという考え方はそこまで重要ではありません。
しかし、ほとんどの大手企業や老舗企業の方が生きてきた世界は、よくて成長期の後半、ほとんどは成熟期なので、徹底的に競合に対してどう勝つかを教えられてきたはずです。
ほとんどのMBAの授業でも、
• 競争戦略やポジショニングをどうするか
• どう競合に勝つか
• どう差別化するか
ということを徹底的に教え込まれるため、結果、競合にどこでどう勝つのか、または競合がいるからやめよう、もしくはこのビジネスは競合がまったくいないビジネスです、という話をしてしまうんです。
新規事業における成功例を生み出すという観点からみると、実はこれはどれも間違っていて、まず、企画書に「このビジネスに競合はいない」と書くのはいちばんダメなパターン。私がビジネスコンテンストの審査員のときにはまず通しません。
なぜなら、自分が生活者として当たり前のことを考えてほしいのですが、これまでにない新しい商品やサービスが出たとしても、それを選択するためには今までなにかほかに使っていたお金や時間を振り分けることになるので、必ずお金や時間上の競合がいるはずなんです。
また、競合がいるということは、そのマーケットに需要があるということでもあるので、むしろ少しは競合がいたほうがいいに決まっています。
ジャンルとしては新しくて競合がいなくても、お金や時間の競合はちゃんといるはずなので、それが見えていない時点で、まさに裸の王様のようなビジネスアイデアになっている可能性があります。
あとは競合にどう勝つかを精緻にだしてくるパターン。
たとえば、「新しい結婚サービスをやります」というときに、「某大手を倒す」ということを書く人がいるんですが、いきなり蟻が恐竜を倒すといっても意味がないし、企画書上どんなに優れていても実際には難しいので評価しません。
競合を倒すのではなく、競合とどう組むのか、どう競合の力を使いながら自分たちのポジションを確立するかを企画書に盛り込むかを、私は重視しています。これが競合ではなく協業という概念です。
競合は必ずいて、お財布と時間を争っている競合には勝たないといけないし、同じジャンルにもっと強い人がいた場合は組まなければいけないんです。それをちゃんと考えている人はサバイブして生き残ることができます。
大きな恐竜に乗っかっている小鳥のようなイメージといえばわかりやすいのではないでしょうか。
いきなり大企業と戦っても潰されるだけなので、大きなところが決して狙わない分野や、大きなところが未開拓の分野から入って組むことで生き残っていく。そこで大きくなっていけば、違う構造でひっくり返すことを狙っていけます。
起業の成功事例:出資を受けるのは最強のディフェンスになる
では、実際に「競合より協業」をベンチャー企業がどういう風にやっているかという事例をご紹介しましょう。サラスバシの「エフエクチュエーション」では、実際にある課題を出し、その解答から考え方をみていきます。
たとえば「自分がある教育用のゲーム会社の社長になったらどこが競合になるでしょう。また、競合にたいしてどういう風にアクションしていきますか」と質問しています。
大手企業のマネージャーたちは「こういう大手企業の競合がいて、こういう差別化をしていく」と真正面から勝負していく人たちが多いのに対し、起業家たちは「大手の競合とどう組むか、その会社がやっていない小さなマーケットから手をつけて、向こうから出資を受ける」という話を最初にするんです。
実は出資を受けるというのは最強のディフェンスになります。
大企業が小さな会社から自社がまだやってない分野に関して出資持ちかけられた場合、自分たちで新規にやるのは面倒なので、とりあえず一回組んでみようとなりやすく、最終的に袂をわかつことになったとしても、少なくとも相手はその分野に入るのは遅れるため、時間稼ぎにもなるんです。
大手と組む話をしている間にこちらがその分野で強くなってしまえば、相手はこちらと組まざるを得ないし、もし組まなくてもその分野において相手より強いポジションを築いているので、どちらにしても生き残ることができる。
これが競合と組むことの真の意味です。
ベンチャーが大手に対して組むというアプローチをするのは枚挙にいとまがなくて、出資してもらう、データを売る、営業協力するなど、方法はさまざまです。
成功事例として、現在ではすごく有名になっているレンタルビデオの会社ですが、かつてはとある地方にある地域だけでチェーン展開していました。
ある時、大手がその地域に入ってくるという情報を知り、普通の企業なら強みを生かして戦おうとするところですが、そのレンタルビデオ会社の社長は戦おうとはせず、すぐに大手のマネージャーに会いに行き、「傘下に入るからやらせてほしい」と積極的に軍門に下ったんです。
大手企業からすると、新しくお店を作るには時間も手間もかかるし、組むことになり、生き残っていったんです。
ボクシングでいうとクリンチのようなテクニックですが、こうして時間稼ぎや自分のスペースを確保することが基本的なベンチャーの戦略になります。
もうひとつ、現在は有名なある高額な商材に関する口コミサイトをやっている会社の事例をご紹介します。
そのジャンルは大手がたくさんいるため、大手もその口コミビジネスをやり始めたらつぶされてしまうと考えたその会社の社長は、「口コミをしませんか」と出資の打診をして、最終的には自分の会社の口コミのデータを、大手の名前で売ることに成功しました。
完全な協業にして、むしろ営業先に変えてしまうというのも技のひとつです。
これらの成功事例からもわかるように、基本的に成功している起業家というのは、大きな競合と戦うという考え方はまったくしていません。社内起業を行う人はこの点を抑えておきましょう。
もちろん、起案するときは大手の競合と、お金と時間の競合、どう戦うかをきちんと書いておき、実際やるときはその企画書を無視して「こんな風にアライアンスができました」と協業にもっていけばよいのです。
そのニッチな分野でナンバーワンになれれば、体力がついてきたら競争してもよいでしよう。
体力のない黎明期はそのような戦略をとり、成長期には積極的に競争をあおるという作戦をとる起業家もいます。
マーケティングの世界ではよく言われることなのですが、そのカテゴリ自体が伸びているとき、たとえば、これまで印刷は印刷所に行って行うものでしたが、オンラインで行うという世の中が来たとき、マーケット全体が伸びているときは、全員伸びているので競合を倒す必要はないんです。自社も伸びますが、どんなに競争しても相手も同じくらい伸びてきます。お互いに違いを打ち出したりすることで市場自体が大きくなっていきます。競争により市場の新しいニーズが開発され、市場が拡大していきます。
それが成熟期になると文字通りパイの取り合いになりますが、起業の場合はまず黎明期、成長期のことだけ考えればよいでしょう。
成長期の際に私の知り合いが行ったもうひとつのおもしろい事例としては、同じジャンルの中であえてふたつのブランドを作ったんです。
仮に化粧品としておきますが、名前を変えて半分はAという小売チェーンに出し、もう半分はBという小売チェーンに出し、自社の商品で積極的に競争してもらったんです。消費者からみると一見まったく違う商品で、同じメーカーが作っているということもわからない。そうやって競い合うことで、結果マーケット自体も成長することができました。成長期の競争の在り方を自分でプロデュースしたという例ですね。
その会社としてはふたつのブランドを持っていても困ることはないし、成熟期、衰退期になったらどちらかやめればいいだけです。
大手企業の方はこれをパイを食い合うカニバリゼーションと考えてすごく嫌うのですが、実は成長期には大事な考え方で、マーケット自体が大きくなっているときにはカニバリにはならないんです。しかし、ほとんど成熟期の中でやってきた方にはこれがわからない。起業家たちはこれを実際の経験的に知っているから成功しているといえるでしょう。