自然言語処理技術から生まれる新しいビジネスの可能性~東大松尾研ベンチャー×博報堂ミライの事業室

AI研究の第一人者である東京大学の松尾豊教授の研究室から生まれたスタートアップ、ELYZA。東大との連携の可能性を探る博報堂ミライの事業室の連載の第3回は、「自然言語処理技術」の社会実装に取り組む同社代表取締役CEOの曽根岡侑也さんにご登場いただきます。ミライの事業室の丸山真輝が、自然言語処理技術を活用した新事業の可能性について曽根岡さんと語り合いました。

曽根岡 侑也氏
ELYZA
代表取締役CEO

丸山 真輝
博報堂 ミライの事業室
ビジネスデザインディレクター

「自然言語処理技術」の現在地

丸山
僕たちミライの事業室のメンバーが東大の松尾先生と初めてお話をさせていただいたのは2020年でした。曽根岡さんは、松尾研究室からスピンアウトしてELYZAを立ち上げられたわけですね。

曽根岡
そうです。2018年9月に会社を創設しました。僕たちが専門にしているのは、AIの中でもとくに「自然言語処理」と言われる分野です。事業の柱は2つあります。1つは、最先端の自然言語処理技術によってDX(デジタルトランスフォーメーション)を実現するための共同研究をパートナー企業とともに進めていくこと。1つは、自社でソリューションを開発して企業などに広く提供していくことです。

丸山
曽根岡さんとはこれまで頻度高く情報交換させてもらいいくつかの企画検討を進めてきた間柄ですが、ここであらためてELYZAではどのようなソリューションを開発されているのか教えてもらえますか。

曽根岡
一つは、文章要約AI「ELYZA DIGEST」です。これは、長文テキストを3センテンス程度の短いテキストに自動的に要約するソリューションです。これによって、例えばニュース記事のサマリーを簡単に作成することができます。文章をそのままコピーするのではなく、内容をある程度理解して、わかりやすい要約文をつくってくれます。

「ELYZA DIGEST」の詳細はこちら →→ https://www.digest.elyza.ai/

もう一つ、最近リリースしたのが「ELYZA Pencil」です。キーワードをインプットすると、タイトルや文章を自然に生成してくれるのがこのソリューションの機能で、僕たちが第一に想定しているのが、「定型文に近いけれど、細かな要素を変更して書き換えなければならない文章」の作成に使っていただくことです。例えば、メールの返信文、職務経歴書、広告文などですね。

「ELYZA Pencil」の詳細はこちら →→ https://www.pencil.elyza.ai/

(ELYZA Pencilで「母の日」「星空」を入力するとAIが自動生成した架空ニュース)



丸山
それらのソリューションのベースになっているのが、自然言語処理の技術ですね。僕自身、数年前にMIT(マサチューセッツ工科大学)に留学しAIに関する学びを深めていた際にこの自然言語処理の大きな可能性に心を踊らせていました。あらためて技術の概要をご説明いただけますか。

曽根岡
「自然言語」とは人間が書いたり話したりする言葉のことで、プログラミング言語などの人間が作った「人工言語」と区別して使われる用語です。自然言語処理技術は、大きく「書く」「読む」「話す」の3つに区分することが可能です。もっとも、この技術によって処理できる具体的なタスクの種類は230以上に上ります。例えば、一から文章を生成したり、内容によって文章の種類を分類したり、特定のカテゴリーの単語を抽出したりするタスクです。現在は、検索エンジン、自動翻訳、チャットボットなどに自然言語処理技術が使われています。

丸山
いわゆるAIの技術テーマの中では比較的最近になって一気に社会実装が進展した分野という印象をもっていますが、いかがでしょうか。

曽根岡
これまで社会実装されてきた、あるいはされつつあるAIには、画像認識、音声認識、ロボットの主に3分野があります。その3つの領域に対して、自然言語処理技術はかなり後れを取っていました。

例えば、人間の正解率が8割を超える2択クイズで、AIは6割くらいの正解しか導けないという時代がしばらく続きました。文章の理解力がその程度だったということです。6割というと比較的高いように見えますが、2択クイズの場合、ランダムに答えを出しても確率的に正解は5割になりますから、6割ではお話にならないわけです。

しかし、「大規模言語モデル」と呼ばれる技術が2018年10月に登場したことで、大きなパラダイムシフトが起こり、クイズの正解率が人間に大きく近づきました。さらにその8カ月後に人間のレベルを超えました。つまり、自然言語を処理するタスクにおいて、人間の代替ができる技術水準になったわけです。

AIは人間が育てていくもの

丸山
AIを社会実装する際、最もわかりやすいのは既存の業務や仕組みの効率化を目的にすることです。一方、そうした現在の延長線上にはない新しい価値を生み出すポテンシャルもAIは秘めています。僕たちがより可能性を感じているのは後者ですが、それを実現するためにはいくつものハードルを越えていく必要があり、なかなかチャレンジングな道のりだと感じています。

曽根岡
例えば企業がAIを活用しようとする場合、業務効率化を目的にするほうが確かに導入のハードルは低いと思います。なぜならば、効果が計算しやすいからです。400人の従業員が担っている業務があって、一人当たりの年間の給料が600万円だとすると、単純計算で人件費はトータル年間24億円ということになります。業務効率化によってその人件費を3分の2の16億円に抑制したいという目標があるのなら、業務の3分の1を自動化できるAIを導入すればいいわけです(もちろんAI導入運用コストは別途必要ですが)。

それに対して、新しい付加価値をAIによって生み出していく場合、どのくらいの価値が生まれるかをあらかじめ計算することは困難です。とりあえずつくって、やってみるしかありません。

丸山
ポイントとなるのは、「とりあえずやってみる」ことがなかなか難しいという点です。BtoBビジネスの場合は、企業の意思決定で「とりあえず導入してみよう」というケースはありうると思います。一方、生活者を対象としたBtoCビジネスでは、最初からある程度のサービスクオリティが求められます。とくに日本市場は海外と比べて、人々が求めるサービスのレベルが非常に高いですよね。そのような市場で、AIをどう実装していけばいいと考えていらっしゃいますか。

曽根岡
確かに難しい問題ですが、「AIは人間が育てていくもの」という考え方を社会的に共有していくのが一つの方法ではないでしょうか。

先ほどのクイズの例で言うと、AIの正解率が8割だった場合、回答を人間が簡単に補正できるようなインターフェースを開発して、そのつど修正を加えていけば、それが新しい教師データとなって、AIはどんどん賢くなっていきます。その結果、正解率は9割を超えて限りなく100%の正解率に近づいていくと考えられます。このような考え方を、英語では「Human in the Loop」と表現します。AIが成長するループに人間が加わるということです。AIは完璧ではない。しかし、人間との共同作業によってより賢くなっていく──。そんな考え方を定着させていくことが、AIを社会実装していく際の現実的な方法の一つだと思います。

自然言語処理技術を基盤とした新しい事業

丸山
日常的な言葉を対象とする自然言語処理の技術は、人間に非常に大きな影響を与えるテクノロジーであると僕たちは考えています。生活者発想をフィロソフィーとする僕ら博報堂にとって、自然言語処理技術を活用して生活者にこれまでにない価値を届けていく事業にチャレンジすることは、たいへんやりがいのある取り組みです。その際、いかにして収益化できる事業モデルをつくれるかが一番の頭のひねりどころかもしれません。

例えば、自然言語処理技術を使えば、アバターを使った新しいビジネスがつくれるかもしれません。曽根岡さんの日頃の会話をAIに学習させて「アバター曽根岡」をつくれば、曽根岡さんの体調がすぐれないときや多忙を極めているときであっても、アバターが代わって会議に参加してくれたり、物事を決めなければならないときに意思決定をサポートしてくれたりする。そんなことができそうな気がします。

曽根岡
それをビジネスツールとして企業やビジネスパーソンに提供するわけですね。とても面白いと思います。日常会話をテキスト化したデータやSNSに書き込んだ内容をAIに学習させていけば、5年後くらいには本人と同じように会話ができるアバターがつくれる可能性はありますね。

丸山
関西の人と商談するときは、アバターが関西弁で話してくれる。そんな機能もつくれそうですよね。それから、自然言語処理技術を使った予測モデルにもニーズがあると思います。それが実現すれば、リスクマネジメントのツールになるのではないでしょうか。例えば、謝罪会見のときに、どのような言葉を使えば世の中からどのような反応が返ってくるか、あるいは、SNSの書き込みでどのような言葉を使えば炎上するか。そんなことを予測するツールです。

曽根岡
それもできそうですね。ポイントは二つあると思います。一つは、かなりの量の教師データが求められることです。アメリカに、「成功する求人原稿」を書くサポートをするAIを開発した会社があります。過去のデータを学習して、どのような単語やどのような文章で求人すれば応募者が増えるかをAIが予測してくれるわけです。確か、5000万件くらいのデータをAIに学習させたのだったと思います。ある程度の精度のある予測モデルをつくるには、そのくらいの量のデータが必要ということです。

もう一つは、先ほどの話にもつながりますが、完璧な予測精度を求めないことです。十分な量の教師データがあれば、「記者会見でこの言葉は使わない方がいい」「SNSにこのタイミングで書き込むのはやめた方がいい」といったアラートをAIが出すことは可能だと思います。しかし、その忠告が100%当たるとは限りません。間違える可能性もあることを織り込んだうえで、便利なツールとして活用していく。そんな使い方が許容されれば、事業化の可能性は大いにあると思いますね。

AIを社会に実装していく道筋

丸山
やはり大事なのは、人とAIの共同作業ですね。どの部分をAIに任せ、どの部分を人とAIが共同で行うか。例えば、債務不履行リスクなどは人の判断が介在すると時間がかかるので、一定以上のリスクに関してはAIに判断を任せた方が時間的効率面でいいという考え方もあると思います。一方、需要予測の場合などは、AIの予測値を見て最終的に人が在庫管理などを判断していく。それがAIの社会実装への道筋であり、AIを使った事業化の可能性もそこにある気がします。

博報堂の本業であるマーケティングにおいては、グループインタビューで生活者のインサイトを探っていく場合、話の内容を自動的に要約テキストにすることは今の技術ですでに可能ですよね。しかし、それをマーケティングツールとして実装するには、「マーケターが必要とする要約」ができる機能が必要だと思います。最終的な人の判断に資する要約を提供してくれる機能です。

曽根岡
「観点要約」という技術がそれに当ると思います。人間の場合でも、同じ話を丸山さんが要約する場合と、僕が要約する場合とでは、出来上がるテキストはおのずと異なりますよね。要約の方向性をAIに指示して、「使える要約」をつくってもらう。それが観点要約です。現在のところはかなり先端的な技術ですが、今後徐々に実用化されていくと思います。

丸山
それからもう一つ。例えば、生活者の「嬉しかった」という言葉一つでも、人によって言葉の意味合いが異なります。その言葉に込められた思いや、その言葉の背景までを読み解くことができれば、マーケティングツールとしては、かなり使えるものになると思います。

曽根岡
個人ごとのワードの真意のずれを読み取っていくということですね。これまで考えたことはありませんでしたが、興味深いと思います。

個々人に対してテキストの文体をアジャストさせていく技術がありえるかもしれません。「スタイルトランスファー」という技術がそのヒントになりそうです。「スタイルトランスファー」という技術は、一般的には画像で使われている技術で、その一例として、「プリズマ」という画像変換ソフトがあります。ある写真をゴッホ風に変えたり、北斎風に変えたりするソフトです。このスタイルトランスファーのいわばそのテキスト版みたいな技術が今後重要になってくると思います。50代男性が読みやすい文章と、20代女性が読みやすい文章は異なります。ニュースの文面を読み手が理解しやすい文体に自動的に変換するのがスタイルトランスファーの技術です。それによって、文章を読む際に内容をインプットする効率が上がることが期待できます。このような技術を応用することで、「言葉の意味のずれ」を捉えていくことは可能かもしれません。

丸山
今日お話を聞きして、あらためて自然言語処理技術にはいろいろな可能性があることを再認識できました。ELYZAの高度な技術や知見と博報堂の強みを掛け合わせて自然言語処理技術のポテンシャルを最大限に生かし、これまでになかった事業を生み出していきたい。そして、新しい社会価値を創造していきたい。そう思います。

曽根岡
自然言語処理技術はこの数年で格段の進化を遂げているのですが、それが世の中に伝わっていないのが現状です。博報堂の皆さんが得意とする情報発信力や世の中事化する力によって、この技術の可能性を多くの方々に知っていただき、未来の価値創造につなげていく。そんなことができれば素敵ですよね。ぜひ、一緒にチャレンジを続けていきましょう。

当記事の内容は、博報堂DYグループのオウンドサイト「生活者データ・ドリブン・マーケティング通信」でも掲載しています。
「生活者データ・ドリブン・マーケティング通信」の記事はこちら →→ https://seikatsusha-ddm.com/article/12501/


曽根岡 侑也 氏
株式会社ELYZA
代表取締役CEO
東京大学大学院工学系研究科 松尾研究室修士卒。学生時代に未踏事業に採択され、起業を経験。その後、松尾研究室にて共同研究のプロジェクトマネジャーや NLP講座の企画・講師を務める。2014年度 未踏クリエイタ。2018年に株式会社ELYZAを共同創業。2020年より、株式会社松尾研究所 取締役を兼任。世界最大規模のハッカソンBattleHack日本代表。
ELYZA社のWebサイト https://elyza.ai/