生活者は新たな「生きる」を求めている

「ウェルビーイング」という言葉が、コロナ以降、頻繁に聞かれるようになった。「ウェルビーイング」とは何か?「幸福」とも翻訳されるこの言葉は、世界保健機関(WHO)憲章の前文では、「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being)にあること(日本WHO協会:訳)」とされている。健康を大前提に、社会と繋がりながら、心豊かに生きられること。一人ひとりが、自分が幸せだと感じられる状態こそが、ウェルビーイングだ。コロナとの共存が避けられない時代、生活者の健康への意識は変化しており、皆が自分にとっての新たな「生きる」を模索しはじめている。環境、経済、人権、教育…あらゆる垣根を超えて、これからの時代のウェルビーイングへの探求がはじまっている。

ウェルビーイングへの意識を高めた「分断」と「喪失」

その背景にあるのは、人々の『分断』と『喪失』という、ウェルビーイングを阻害する二つの課題の顕在化である。

ひとつめが、「人と人、人と社会の、繋がりの希薄化」。リアルに人と会うなど、これまで日常であったことすら憚られてしまうコロナ禍という環境において、生活者の社会における交流機会は、半強制的に減少した。人は本来、誰かと共感したり、意見を交わしたり、様々な人や考えと出会い、触れ合うことで、社会との繋がりを認識することができる。誰かと繋がり合う中で、嬉しさや楽しさ、自身の存在価値、未来への希望を感じられる。繋がりを失った世界で、幸せに生きていくことは難しいと多くの人が実感したはずである。繋がりの希薄化は、例えばシングルマザーや一人暮らしの高齢者などにとっては今に始まったことではなく、コロナ以前から抱えている深刻な問題だった。コロナによって、その苦しさが多くの人に共有されたとも言える。繋がりの大切さが再認識された今こそ、社会全体で取り組むべき喫緊の課題である。

ふたつめは、「自律性の喪失」。暮らし方、働き方が効率化され、あらゆる情報に簡単に接触でき、自分の好みをAIが教えてくれるような時代。自律的に何かを選択する機会は、知らず知らずのうちに減少している。利便性は高まる一方で、ともすれば自分の意志を持ちづらい環境でもある。自分はどんな今を、どんな未来を生きたいだろうか?その意志があるからこそ、様々な選択が目の前にあるとき、それは自分にとって幸せだろうかと自ら判断することができる。逆に意志を失ってしまえば、自分のありたい未来、自分にとっての幸せは、見えづらくなり、漠然とした不安が生まれる。自分の理想や幸せを、他人に委ねないことが大切だ。コロナ禍というカオスな環境は、今の世界が自分の理想ではないと、多くの人に明確に認識させた。だからこそ、じゃあ自分はどんな世界に生きたいのだろうかと、改めて考えようとするきっかけにもなったはずだ。

データとテクノロジーが社会を優しく変えていける

ウェルビーイングという言葉が浸透してきたもう一つの背景として、Society5.0時代における、パーソナルデータ活用への期待の高まりも挙げられるだろう。生活者一人ひとりのPHR(パーソナルヘルスレコード)、ライフログ、ウェルビーイング関連データが集まることで、それぞれが自分の状態を正しく認識できることはもちろん、社会も、誰も見落とすことなく、一人ひとりに必要なことを認識できるようになる。そこにテクノロジーを掛け合わせれば、認識した必要なサポートやサービスを、必要な時に、それぞれに提供できるようになるだろう。データを集めることが重要なのではなく、データを活用し、生活者一人ひとりのウェルビーイングをどうつくっていくのかが重要である。データやテクノロジーは、その有効な手段であることは言うまでもない。データとテクノロジーは、社会をエンパワーメントさせる源となる。

そしてもうひとつ大切な視点は、共創ウェルビーイング「Co-Being」という考え方である。人は人や社会との繋がりの中で、自分の幸せを見つけていけると考えると、データやテクノロジーは、これまでのリアルだけでは不可能だった繋がりすら、生み出せるポテンシャルがある。自分が買ったコーヒー豆を育ててくれたブラジルの子に、ありがとうと伝えられたら。自分のゲノム情報が、未来の子供達の遺伝性疾患を防げたら。誰かと繋がり支え合える世界では、きっとみんながもっと豊かに生きていける。データを共有財として、そんな優しい世界のためにそれぞれが使うことができれば、一人ひとりの多様な「生きる」は、より一層輝いていくはずだ。

Better Co-Beingプロジェクト発足。

2021年1月、一人ひとりのウェルビーイングをつくるために、様々な企業や団体が連携してウェルビーイングな社会を共創する「Better Co-Beingプロジェクト」を発足させた。「これからの時代の新しい豊かさとは、一人で創るものではなく、人々が共創の中で生み出すもの」という慶応義塾大学宮田教授の考え方のもと、「生きるをつなげる。生きるが輝く。Better Co-Being」というビジョンを共同開発した。いのちを響き合わせて多様な社会やコミュニティを創り、その世界を共に体験する中で、一人ひとりが輝く、という新しい社会像の創造へつなげていく。

ウェルビーイング

我々が考えるウェルビーイングは、「生活者ひとり一人が、健康であり続けることはもちろん、毎日の生活がより豊かに、新しいものとの出会いにワクワクするような、そして、人と人がお互いに支えあえるような状態」と捉えている。まさに、「生きるをつなげる。生きるが輝く。Better Co-Being」な状態である。ジャック・アタリ氏が、あるテレビ番組で、「利己主義、経済的な孤立におちいってはならない。各国・各地域の経済的な自立は重要だが、孤立は危ない。パンデミックという深刻な危機に直面した今こそ、『他者のために生きる』という人間の本質に立ち返らねばならない。協力は競争よりも価値があり、人類は一つであることを理解すべき。『利他主義』という理想への転換が重要。」と語っていた。

そもそも、日本は自然との共生の中で、お互いを思いやり、挨拶や感謝ということの大切さを学んできた国民である。課題先進国日本の中で、「利他主義精神」が、一人ひとりのウェルビーイングをつくっていくだろうし、身近な家族のウェルビーイング、地域のウェルビーイング、地球のウェルビーイングにつながっていくと信じている。日本ならではのウェルビーイング・トランスフォーメーションがニューノーマルになることで、世界中70億人のウェルビーイングがつくれる社会をつくっていく。その鍵になるのは、「Co-Being」(共創ウェルビーイング)と考えている。ひとりでも多くの人の多様なウェルビーイングがつくれる社会を共につくっていきたい。