近年、新規事業、新価値を創造したいという企業が増え、その際の新規事業部の進め方や制度の設計方法について質問される機会が増えてきました。

当記事では、連続して成功している起業家たち(シリアルアントレプレナー)はどのようなものの考え方をしているのか、多くの起業家を見てきたミライの事業室チームリーダーの宮井氏が見つけた彼らの共通点から、イントラプレナーや起業家に必要な、起業家脳の作り方についてお届けしていきます。

事業計画にもっとも必要なものはキーパスシナリオ

『2回以上起業して成功している人たちのセオリー』(著書:博報堂ブランドデザイン・アスキー新書)では一括りに事業計画と書いていますが、事業計画といってもさまざまです。まずは、そもそも一般的に事業計画書にはどんな項目が必要なのか説明します。

1.エグゼクティブサマリー

まず、起業家でもイントラプレナーでも、事業計画に必要な項目はエグゼクティブサマリーです。これは偉い人のためにサマリーするわけではなく、自分の本当に言いたいエッセンスを1分くらいで話すために作るものと考えてください。

よく事業開発やベンチャーではエレベーターピッチといいますが、これはエレベーター等の中で意思決定権限のある人や投資家などと出会ったときに、乗ってから降りるまでの30秒くらいの間に話をして興味を持ってもらうために、簡潔に話せるようにしておかなければ、チャンスをつかめないよという意味も含まれています。自分のやりたい事業について、簡潔に説明できることは製品やサービスの内容と同じくらい重要です。

2.ビジョン

もう一つ、事業計画に大事なのは「なぜこの事業をやりたいのか」というビジョンです。意義、意味ともいえますが、何故この事業に取り組むべきなのか、社会にとってなぜこれが必要なのか、何故自分がこれをやらなければいけいなのかという意義をちゃんとまとめたものが重要です。これは顧客からの共感だけではなく従業員からの共感を得るためにも必須です。

3.想定ユーザーイメージ

想定ユーザー、ステークホルダーの具体的なイメージは「どんな人の、どんな課題に、どんなソリューションを提供し、どんな価値が生まれるか」ということを説明するのに役立ちます。

売上の規模や売上種別を決めるのは皆さんではなく顧客なのです。お客さんの種類や規模が変化すれば、商品が増えるかもしれない。そうすると原価や経費は増え続けるのか、ここまでは増えるけどここからは増えないのか等議論する際の拠所となります。ここで重要なのはユーザーといっても様々な階層になります。例えば、B2B2Cの企業であれば、ユーザーとしてエンドユーザーを明確にできても、その間にある実際の顧客企業のイメージがつかめなければエンドユーザーまで届きません。自分が考えているビジネスに関係するステークホルダーも含めて整理する必要がありますね。

4.サービスデザイン

ユーザー像、売上や原価などについて考えるのはある意味当然で、それをプロセスや流れにしてまとめる必要があります。

たとえばマッチングサービスをするのであれば、そのサービスはどういう順番でとか、どういうきっかけでとか、どういう画面になっていて、何をしてくれて、その後ろではどんなシステムが動いているのか等、場面ごとにまとめたパートをサービスデザインとしてまとめます。ハードウエアや消費財のビジネスであってもその前後や背後に付加されるサービスなしには成り立たない時代ですので、あえてサービスデザインとまとめております。

アカデミックな意味での「サービスデザイン」に比べるとやや広義だとお考えください。

5.キーパスシナリオ

サービスデザインを成立させるための初めの一歩は何を作るかという部分がMVPとなるわけですが、そのMVPのシナリオをまとめたものを私たちはキーパスシナリオと呼びます。これを端的に説明すると「自分たちの事業の価値を一番短いシナリオで表現したもの」です。これが一般的な事業計画書では抜けていることが多いですが最重要パートです。

6.競合サービス

前回競合の話をしましたが、時間とお金という意味での競合でもいいし、国内外の競合、その人たちに対して自分たちはどういう良さがあるか、組むのであればどうやって組んでいくのかなど、差別化や協業の方針が最低限必要になります。

7.想定プレイヤー

さらに新規ビジネスは、自分たちだけではできないことが多いので、一緒に組むプレイヤーも整理しておく必要があります。

8.ビジネスモデルと儲けの仕組み

この提案を、人とものとお金の動きを中心にまとめたビジネスモデル図が必要になります。ビジネスモデル図はほぼどの事業計画書にも入っていると思いますがそれだけでは非常に不十分です。コンサルタントにお願いをして、ビジネスモデル図だけが出てきた場合、そのコンサルタントは実際に新規事業をやった経験の無い方だと思います。

ビジネスモデル図だけで表現できないものがあります。それを私達は「儲けの仕組み」と呼んでいます。たとえば、「データの販売をして儲けます」というのはビジネスモデル図でよく見る例ですが、それだけでは絵に書いた餅です。本当に知りたいのは、「データの販売をして儲けること」を“可能”もしくは“有利”にする仕組みですよね? 「○○なからくりでデータが勝手に増えるから、データが無料で手に入るような仕組みになるので儲かるんです」とか「データが絶対に売れる商流を○○なからくりで作れるから、すぐ売れるような状態になっているんです」とか、このビジネスモデルが何故成立するのか、何故うまくやれるのかをからくりとして示すのが儲けの仕組みで、これも必要です。

あとは、自社の入る市場はどういう規模なのか、仕入れにどれくらいかかるのか、ほかのプレイヤーの売り上げはどうなっているか、法律上実はこんな問題を抱えているなどのリスクについてなどの環境分析と、こういうトレンドがあるから今この市場は追い風なんだという、マクロ環境に類するものなどを入れる立て付けになっています。このあたりは誰が作っても入ってくるものなので割愛します。それらを提案書にまとめて投資家や社内で提出する必要があります。

成功している起業家たちは事業計画よりも実現したい価値を優先している

ここまで事業計画にはこれらが必要という説明をしましたが、では、タイトルの「事業計画を信じない」というのはどういう意味でしょうか。

これも大企業のイントラプレナーと起業家を比べたときに一番違う点になります。

売上や原価などは、初期設定はするものの、実際やってみると違うことが多く、実際やってみてビジネスモデルも変わることが多いです。

この点について、イントラプレナーの人たちは「決めたからには守らないといけいない」と固執してドツボにハマってしまうケースがあります。

一方、成功している起業家たちはビジネスモデルやサービスデザインをサクッと変えます。この例は枚挙に暇がなくて、端から見ると簡単に変えているように見えるんですが、彼らにはひとつだけ信じ続けて変えていないものがあります。それがキーパスシナリオの奥にある、もともとこのサービスや商品で実現したかった価値や意義なんです。

意義とか価値は変えず、そのやり方であるサービスデザイン・表層的なキーパスシナリオやビジネスモデルはさくさく変えることをピポットと呼び、バスケットボールで片脚を軸足にして動くことをピポットと呼ぶことからきています。事業計画の中で、サービスデザインやビジネスモデルや売上規模も大事なんですが、これらは変えてしまっても、狙いたい価値が同じならよいのです。

狙いたい価値はぶらさず、やり方を柔軟に変えていくので、端からは事業計画を信じていないように見えるというのが成功している起業家たちの共通点になります。

それと真逆なのが事業計画で失敗するケースで、売上の規模やビジネスモデルを守るために、そもそもの狙いたい価値が変わってしまう。

サービスデザインやビジネスモデルを守るために、狙いたい価値が変わってしまえば、それはもう違う事業です。迷走した結果、実際に世の中に価値を生み出していなかったり、「そもそもこういうものが必要なんだっけ?」と自問自答することになるんですが、これは新規事業で失敗する典型パターンなのです。

ここで重要なのは、事業計画書の中には、とりあえず入れなければいけないものと、信じて守らなければいけないものがあるということ。それが起業家と企業内の新規事業では逆になっているんです。

これまで多くの新規事業を見てきて、イントレプレナーでも起業家のやり方を採用したほうがいいと断言できますが、企業内新規事業では、ビジネスモデルや売り上げを守らなければいけないような圧力が働いてしまうので、新規事業立ち上げたい企業の役員の方はこのことを頭に入れるべきです。

「守るべきものが企業内の新規事業と成功している起業家では違う」、このことを伝えるために「事業計画にはこだわらない」というセオリーを入れました。書籍では紙面の都合上だいぶ割愛しましたが、詳しく説明させていただきました。

この「守るべきもの」を企業の役員は理解して部下のマネジメントをしなければ、必ず失敗すると断言できます。ビジネスモデルは提供価値に従うものであって、ビジネスモデルに提供価値を従えてはいけません。

最終的にその価値が実現できれば、結果としてお金はついてくるという割り切りを上層部がしなければ、現場は実行しきれません。そこが有り体に言えば「懐の深さ」であり、どこに懐を持つかというと、「ビジネスモデルと売り上げ計画は変わる可能性がある」と思って承認するという部分です。

逆に撤退すべきなのは「狙いたい価値が実現できない」と判断したとき。ビジネスモデルを変えようと、サービスデザインを変えようとダメなので、やり直しが必要です。

つまり、提供したいと思っていた価値を変えるくらいならやめる、提供したい価値を実現できるほかの方法があるのであればサービスデザインであろうとビジネスモデルであろうと変えて挑戦するということが、新規事業部をマネジメントしていったり、イノベーションを起こしていったりするうえで、重要なポイントです。

収支計画はやってみないとわからないものだけど一応書いておくくらいの気持ちで、MVPをはっきりさせることに重きを置くことが重要です。

実際には事業計画書の中のキーパスシナリオが本当に成立するかを確かめる実験計画がいちばん大切なので、私たちは「実験をして、本当に価値が実現できる方法があるかどうかを見つけること」をフィージビリティスタディと定義しています。何のフィージビリティかというと、「このMVPなら提供したかった価値が実現できるかどうか」ということの可能性なんです。実験計画にも2通りありますが、これは別の機会にまとめます。

それを確かめるのがフィージビリティスタディであって、最初に描いた大きい絵を確かめるためにマクロの市場規模などを見て「でかい市場があるからいけそうですね」というのはフィージビリティスタディではありません。成功している海外の企業の商売をビジネスモデル図に表したところで、儲けの仕組みが異なれば、絵に書いた餅です。具体的にMVPが実現できなかったらはじめの一歩は踏み出せないんです。

実際にビジネスモデルやサービスデザインをころころと変えるのは既存企業の枠組みの中では難しいので、本部で簡易事業計画書を作り、子会社を作ってそこでキーパスシナリオと実証実験をして、うまくいったらまた本体に戻すというような考え方がこの5年で主流になってくると予想しています。子会社なら切り離されているので、予算の範囲内で自由にできるし、実証実験をすることで成功する可能性も増えてきます。これは、ベンチャーファンドと共同でファンドやインキュベーション会社を作ることとは違いますので勘違いのないようにお願いします。デザイナーとかクリエイターとかエンジニアを「出島」で集めることも違います。あくまで、「先行きの見えない新しい商売の実務」をするスタッフで構成されている別会社をつくるということです。

最後に、忘れてはいけないのは、一番最初に作った事業計画が完全に正しく実行できることはありえない。とうことです。それは大手広告会社でも、商社でも、コンサルティング会社に作ってもらったものでも同様だと断言できます。なので、最初の事業計画を守ろうとすると失敗するのは当たり前で、そんなものに何億円もお金をかけるのは愚の骨頂といえますし、それなら実証実験費用にお金をかけるべきなんです。ここは以前も話しましたが、予算のとり方を工夫してください。

新規事業がうまくいかないと悩んでいる企業の多くは、マクロな数字と海外事例だけを見て具体的につめられていない、ビジネスモデル図はあるが儲けの仕組みが不明、キーパスシナリオもなく意義もあいまいな事業計画を作って、それにとらわれている場合が多いことを理解しておく必要があります。