独自のWAY「チーム企業型事業創造」

ミライの事業室は2019年の組織発足当初から「チーム企業型事業創造」を独自のWAYとして掲げている。大企業やメディア、スタートアップ、さらには、大学や行政など業種や分野を超えた様々なプレイヤーとチームを組んで、一つの企業ではなし得ない社会のイノベーションや新たな産業創造に挑戦しようというものだ。このコンセプトに辿り着くまでには多くの試行錯誤があったことは前回紹介した。「チーム企業型」という呼び方には複数の企業で協力し合うという意味に加えて、一緒に企業(起業)するという意味がある。複数の企業で協力して事業を行う方法は一般的にアライアンスと言われるが、アライアンスが企業間で互いに不足しているアセットやケイパビリティを補完し合うことで提供価値を拡大することを目的としているのに対し、チーム企業型事業創造は、互いの異なる強みやアセットを持ち寄ることで世の中にまだない新たな価値を創造することを目指している。ビジョンやパーパスを共有する分野横断のチームが互いにリスクを取りながら、運命共同体として未知の新事業に挑戦するのである。

一企業では解決できない課題にチームで取り組む

企業が単独ではなく、他社と協力して新価値を創造する営みは「オープンイノベーション」として知られている。オープンイノベーションは2003年にハーバード大学経営大学院のヘンリー・チェスブロウが提唱し、大企業の多くが採用することで世界中に広まった。オープンイノベーションはそれまで大企業にはびこっていた自前主義を脱し、技術や知識をベンチャーなど社外に広く求めることでブレイクスルーを起こそうという考え方だ。元来は大企業における研究開発の手法として考えられたもので、その発想の中心には自社の競争優位をどのように確保するかという課題意識がある。つまり、自社の課題がまず先にあり、その解決手段として外部企業とのアライアンスがあるという順番である。それに対し、「チーム企業型事業創造」は、まず社会の課題や生活者の課題が先にあり、それらをイノベーティブな方法で解決するために様々な企業が力を合わせるという考え方に立っている。たとえば、気候変動への対応や循環型社会の実現、医療・教育・行政のデジタル化、人々のウェルビーイングといった複雑な課題は社会や生活者にとって重要であるが、一企業の力では解決できない。異なる強みや武器をもった複数の企業に加えて、ベンチャーや大学、行政、NPO、時には市民も一緒になって知恵を出し合い、創造的に取り組むことが必要である。社会課題だけではない。生活者課題の解決にも様々な協力が必要だ。たとえば、交通が不便な地域に新たに電動キックボードのシェアリングサービスを導入しようと思ったら、商店街に協力してもらって置き場所を確保したり、充電器も設置しなければならない。行政や警察の協力も必要だし、既存交通事業者や地域住民の理解も得なくてはならない。既存の制度や社会システムが絡み合った現代では、様々なステークホルダーとの調整や連携なしに、イノベーションを起こすことはほぼ不可能だ。

そして、デジタルの時代、チーム企業型で取り組む意義はますます高まっている。これまで企業や自治体ごとにバラバラに管理されていたデータがつながることで、生活がより便利で快適になったり、社会全体がより最適化されるようになるからだ。今ではどんなデータをつなげて、生活者にとっての新しい体験やサービスを作り出すか、その知恵を絞ることが価値を生む時代になっている。これまでのように技術やデータを自社の中に閉じ込めることが競争優位になるという考え方はもう過去のものとなった。他社と協力し、つながり合うことで価値を創造するという新たなゲームで世界は動いている。これからの時代、企業にとっての競争力とは、目指したい未来を一緒に実現してくれる仲間をどれだけ集められるかだ。

クリエイティブ・リーダーシップ

最後に、私たちのこれまでの経験から学んだ、チーム企業型事業創造を成功させるコツを紹介したい。1つ目は「社会を主語にする」ということだ。まずは、どんな社会を実現したいのか、から議論を始めなくてはならない。これが企業を主語にしてしまうと自社の実現したいことをそれぞれが主張することになり利害の衝突する場になってしまう。視座を一段上げて社会のレイヤーで考えることが重要だ。どんな社会を実現したいか、そのために自社はどんな貢献ができるだろうかという順番で考えることでチームのあいだに利他的な協力関係が生まれる。2つ目は、「ゴールを最初から決めない」ことだ。今日の社会課題や生活者課題は複雑である。様々な立場からの意見やアイデアを聞き、多面的に考える必要がある。そのためには異なる意見にも心を開き、時には自分が描いていた目標を手放すことも必要だ。また、机の上で考えるより、まずはやってみることが肝心である。やっていくうちに新たな発見や偶然の出会いがあり、その度に解もどんどん変わっていく。より本質的な解に近づいていくのだ。だから、思考をできるだけ固定化せず、柔軟に進化させていく方がいい。3つ目は、「リーダーシップ」である。チーム企業型事業創造は大変なエネルギーを要する。先に述べたように明確なゴールがあるわけでもなく、最終的に解が見つかる保証もない。そうしたプロジェクトを引っ張るのは勇気がいるものだ。しかし、誰かが主体的に動かなければ何も始まらない。チーム企業型事業創造の成功の鍵を握るのは、何といってもそのプロジェクトを推進するリーダーの存在だ。リーダーに求められる要件は幅広い。まず、ビジョンを持ち、そのビジョンに共感する仲間を惹き付けることのできる人物でなければならない。そのためには、ビジョンを語るだけでなく、率先して行動に移すことも大切だ。熱意をもって行動する人に、人は惹き付けられるものである。また、多様な視点を受け入れるオープンな姿勢も求められる。自分の考えに固執するのではなく、異なる立場の人々との共創を通じて、個人の力を超えた集合的叡智を導き出したい。そして、先の見えない混沌とした状況をむしろ楽しいと思えるメンタリティも必要だ。そうしたリーダーに求められる資質を私たちは「クリエイティブ・リーダーシップ」と呼んでいる。周囲の人々を巻き込みながら、勇気と創造性で社会に変革を起こしていく能力である。私たちミライの事業室は、様々なパートナーとのチーム企業型事業創造を通じてそうしたクリエイティブ・リーダーシップを持った人材を社会に多く輩出していきたいと考えている。